神鳥の卵

第 38 話


事態が動いたのは、この部屋に見知らぬ女性が来た時だった。

「姉さん!」

王と呼ばれた少年は、それまでの表情を一変させ、入ってきた女性に柔らかな笑みを向け、女性も優しい微笑みを浮かべながら少年王に近づいた。
そんな二人に、スザクはルルーシュとナナリーを重ねていた。車椅子、目にもおそらく障害がある。そんな少年と美しい姉。性別を逆転させたルルーシュとナナリーそのままだ。となれば、この女性が彼らのブレイン。つまり預言者だろうとスザクの勘が言っていた。

「まだ終わっていないようね」

周りにいた研究員が立ち上がり、女性に向かって顔を半分隠すような仕草をした。王族に対する礼儀作法なのだろうか。

「人質がいるのに口を割らないんだ」

先ほどと違い、どこか甘えたような口調だった。
二人は眠るルルーシュを見てからスザクを見た。
そして、ソファーのそばを離れ、スザクの前に二人並んだ。

「あの子が死んでは困るのでしょう?」

当たり前だ。と、声には出さなかった。
ルルーシュが神鳥の卵から生まれた存在で、その体にコードを宿しているとしても、そのコードがC.C.のように不老不死のコードかどうかは不明なままだった。いや、不老は否定されている。なぜならルルーシュは赤子からこの姿に成長したから。一度卵に戻ったとは言え、成長したことに変わりはない。となれば、不死も否定されるかもしれない。弱い存在で、些細なことで死んでしまう可能性もある。不死なら熱を出して寝込むことだって無いはずなのに、ルルーシュはすぐに体調を壊すから。
もし、完全な不死なら、彼が殺されたすきにこの拘束から抜け出す手もあるのだが。

「姉さん?」

スザクが無表情のままなのが不安だったのか、シャリオは姉を伺った。その時、女性の左目が赤く輝いた。・・・ギアスの瞳だ。やはり、彼女がそうなのだ。すぐに彼女の目は元の色に戻り、弟の不安を打ち消すように笑顔を向けた。

「大丈夫よ。その子供は十分人質として価値があるわ」

イエスかノーか。白か黒か。
それを今確認したのだ。
でも、これはあくまでもルルーシュの予想でしかない。
もしかしたら、もっと深い内容も知ることができるとしたら?
ルルーシュのことも、知られるということだ。
ギアスを持っているならコードを知っている可能性が高い。
ルルーシュが不老不死だと考え、眼の前で拷問する可能性だってある。
どうする?今拘束を解いてルルーシュを無事救い出せるのか?
いや、ルルーシュを守りながら危険な賭けをするわけにはいかない。シャリオ一人でも危険だった。王族が一人増えたのならその分危険も増す。
どちらかを人質にするか?いや、それも微妙なところだ。

「枢木スザク。この子供が大事なら、質問に答えてもらえるかしら?」

彼女の瞳が赤く光る。
なるほど、やはり細かなところまでは読めないのか。
でもイエスかノーでは無理だと思う。
だって・・・まず、ぐっと力を入れて姿勢を安定っせて、びゅっと殴りかかり、その勢いを利用して体に回転力をつけて足をぐわっと振り回して・・・とかイエス・ノーでは判断できない。
案の定、彼女は眉を寄せこちらを睨みつけた。
万能ではないのだ、このギアスは。

「姉さん?」

姉の顔に焦りが浮かんだことに気づいたのだろう。
不安げにシャリオが呼んだが、女性は強気な笑顔で弟を見た。
ああ、ルルーシュに似てるな。と思った。
ナナリーには弱みは見せられない。完璧な兄でいようとする。知略で負ける姿なんて死んでも見せられないだろう。

「なんでもないわ。さあシャリオ。何を知りたいのか、枢木スザクにもわかるようにもう一度説明してあげて」

あ、もしかして。
僕が質問を理解していない馬鹿だと判断した?
ひどいな。

「確かにスザクは馬鹿だが、そこまで馬鹿ではない」

そうそう。僕はそこまで馬鹿じゃ・・・

「え?」

声に驚き、思わず間の抜けた声を上げてしまった。
シャリオたち全員、声のした方へと視線を向ける。
その先にいたのはルルーシュで。
とっくに目を覚ましていたルルーシュは、全員の視線がスザクに向いたスキに王女の足元に移動していた。
ルルーシュは、彼女たちから見れば頭がいいだけの子供。
その油断が、敗因だった。

「ジルクスタンの神官シャムナ。ギアスによる予知ですべてを知覚しているようだが、それはもう終わりだ」

ルルーシュが女性の足に触れると同時に、彼の羽根が赤く輝く。

「な、なにを・・・あああっっ!!」

女性はルルーシュに怯え、次の瞬間苦しげな声を上げた。

「姉さん!?貴様!何をした!!」

シャリオが激高しムチを振り上げるよりも先に、その腕は蹴り上げられた。これだけの時間と隙があればこの程度の拘束を解くのはわけもない。スザクは自分を縛り付けていた拘束を全て破壊し、そこにいた。

「シャムナよ。お前はギアスを失い只人となれ」

シャムナは糸の切れた人形のように音を立ててその場に倒れた。

「ね、姉さん!!おまえ!姉さんになにを!!」

激高するシャリオと研究員たちにも絶対遵守の力が行使される。
それで全てが終わった。
彼らがもつ全てのデータはルルーシュの手で消し去られた。
敵のギアスがどこまで情報を得られるのか不明だったから、最初からルルーシュは敵陣に乗り込むつもりだったのだ。
自分の存在を気づかせるように動き、誘拐させた。スザクのことをよく調べている相手だ。幼い子供であれば、スザクを脅す材料として使えると考え、必ずそばに置くと考えていた。拘束されなかったのは運が良かった。対策は練っていたが、それだけ油断してくれたということだ。
すべて作戦通り。予想通り考えが甘くて楽だった。スザクたちには本当の作戦を伝えなかったことで、シャムナにも気づかれづに済んだ。
C.C.はルルーシュが誘拐されるよう動いたため殺されてもいないし誘拐もされていない。今頃大使館の外で車を待機させている。

以前、この大使館にいるはずのギアスユーザーの情報をC.C.に探らせたが、どんなギアスか判別できないという話があった。ギアスユーザーがコードをもっている可能性を考え、神鳥の化身であるルルーシュがコードを奪う・・・いや、Cの世界に送る。無いのならギアスで全てを忘れさせ、所持している全データを消す。もちろん彼らの国にあるデータベースにあるものも全て。というのが今回の作戦の全貌だった。
コードに関しては、シャムナは持っていなかった。
おそらくはまだジルクスタンにあるのだろう。早い段階で回収しなければ。

すべての作業を終えると、大使館にいるジルクスタンの兵士全員にギアスをかけた。今後はおとなしく黒の騎士団に雇われる形で国を存続させていくことになる。
最後に残るのは・・・皆に叱られるイベントだ。
だから本来なら、屋敷に戻って全員に叱られて作戦は完全に終了。
めでたしめでたしだったのだが。
さあ帰るか。となったとき、ルルーシュに異変が起きた。
その体が発光し、再び卵のサイズに戻ってしまったのだ。今度は前回よりも遥かに小さな、最初に現れたときよりはるかに小さい、片手でも持てるサイズに。
ギアスを使ったからなのか、シャムナのギアスに干渉してしまったからなのか。原因はわからない。だが、ここからまた産まれてくるのだとしたら、それはもう胎児のサイズだ。

慌てて屋敷に戻り、C.C.もCの世界にアクセスをし、できるかぎり検査を行ったがなにもわからないままだった。卵がこれ以上大きくならないのなら未熟児で生まれてくる。新生児集中治療室を手配しなければ。ロイドとセシルを中心に今後の対策をねりはじめて数日後。
ルルーシュの卵は姿を消した。
C.C.と共に。

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